ヘルピングスキルは、探求段階、洞察段階、行動(アクション)段階の3段階で構成されています。その第1段階である探求段階の目標は4つあります。その4つの目標は、ヘルピング・プロセスで最も重要なものと言えるかもしれません。
ヘルピングスキルは、心理療法やカウンセリングの基盤ともなるスキルのことです。基礎的なスキルはヘルピングスキルだけではないと思いますが、基礎的なスキルの1つとしてヘルピングスキルは役に立つと思います。
心理職としてクライエントを前にしたとき、どのように振る舞えばいいのかということについては、いくつもの理論や療法がそれぞれ説明しています。ヘルピングスキルは、それらすべての基盤となるスキルとして見ることができるでしょう。
例えば、認知療法(認知行動療法)では、その技法などのスキルをよく目にしますが、そのベースには基礎的なスキルが存在しています。その証拠に、『認知療法実践ガイド:基礎から応用まで-ジュディス・ベックの認知療法テキスト』には次のように書かれています。
治療者の共感、関心、力量を示すという技量は、すでに習得済みであることを前提とする(p.13)
『認知療法実践ガイド:基礎から応用まで-ジュディス・ベックの認知療法テキスト』
当たり前のことですが、認知療法は基礎的なスキルを前提とした心理療法ということですね。その基礎的なスキルとして、ヘルピングスキルを捉えてみたいと思います。
ヘルピングとは何かについては、「ヘルピングスキルにおける「ヘルピング」とは何か?」に書いてあります。
ヘルピングスキルの探求段階とは?
ヘルピングスキルは、探求段階、洞察段階、行動(アクション)段階の3段階に分かれています。その第1段階である探求段階は、どのようなものなのでしょうか?
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』には、探求段階について次のように書かれています。
探求段階では、ヘルパーはラポール(信頼関係)を築き、クライエントとの治療関係を発展させ、クライエントに自分の物語を話すように促し、クライエントに思考と感情(フィーリング)を探求させ、クライエントの情動の喚起を促し、自分のクライエントについて学習しようとする。(p.25)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
探求段階はクライエントとラポール(信頼関係)を築く段階であり、クライエントが自分のことを話し、思考と感情を探求する段階でもあります。
ヘルパーを信頼できなければ、クライエントは自分の思考と感情を探求することが難しくなります。そのため、ラポール(信頼関係)がとても重要な役割を果たします。
『ヘルピング・スキル第2版』では、それぞれの段階をプロチャスカらの変化の6つの段階との関係も書かれています。プロチャスカらの変化の段階については、『ヘルピング・スキル第2版』に次のように書かれています。
プロチャスカら(Prochaska, Norcoss, & DiClemente, 1994)は、変化の6つの段階を特定した。前熟考、熟考、準備、行動(アクション)、維持、および終結である。(p.36)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
※Prochaska, Norcoss, & DiClemente, 1994 Changing for good. New York: Guilford.
この6段階は心理職として知っておきたいことの1つですが、ヘルピングスキルとも関係があります。
ヘルピングスキルの探求段階はどの段階と関係があるのでしょうか?
ヘルパーは、通常、変化への準備性における前熟考、熟考、準備段階のクライエントに対して、ヘルピング・プロセスの探求段階と洞察段階でより多く時間をかける。(p.37)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
ここからわかることは、探求段階というのは、変化のための行動に移す前の段階であるということです。プロチャスカらの段階と対比させると、探求段階と洞察段階を区別するのは難しいのかもしれません。
探求段階は、「探求」する段階なので、クライエントが自分自身のことを知るという段階なのだと思います。そこでは、ロジャースのクライエント中心理論が活躍します。
探求段階の4つの目標とは?
探求段階の目標は4つあります。その4つは『ヘルピング・スキル第2版』には次のように書かれています。
探求段階の目標は、信頼できる関係の構築、クライエントに自分の物語を語らせる援助、情動の表出と情動的喚起を促進すること、クライエントについて学ぶことである。(p.79)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
『ヘルピング・スキル第2版』では、この後のセクションで、それぞれについて詳しく説明されていますが、そのセクションのタイトルが上の引用で書かれているものと異なっています。ここから先は、セクションのタイトルを使って説明していきます。
セクションのタイトルは次の4つです。
- ラポールの構築と治療関係の発展
- 思考を最大限に利用し、クライエントに自分の物語を話すように援助すること
- 情動を最大限に利用すること
- クライエントについて学ぶこと
それぞれについて見ていきましょう。
ラポールの構築と治療関係の発展
ラポールや治療関係というのは、心理療法やカウンセリングでは当然のように重要なものと言われています。その重要なものを構築し、発展させることが探求段階の目標の1つです。
この目標を実現するためには、ロジャースのクライエント中心理論が使われます。『ヘルピング・スキル第2版』では、基本的にロジャースのクライエント中心理論を使って、この目標の達成について書かれています。
重要なポイントをいくつか引用してみます。
クライエントが自分自身のことを打ち明けようという気に最もなりやすいのは、ヘルパーとの間にいたわりに満ちた治療関係があると信じられたときである。(p.79)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
この段階の間、ヘルパーはクライエントの内的枠組みからクライエントを理解しようとしている。(p.80)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
関係の構築の大部分を占めるのは、受容、共感、および関心(尊重)の態度をもつことである。ヘルパーはクライエントを判断することなく傾聴し理解しようとする必要がある。(p.80)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
これらの引用から、ロジャースのクライエント中心理論がベースにあることがわかると思います。ラポール・治療関係は、受容・共感が基盤となるとともに、関心(尊重)も重要ということです。
最初の引用の「 クライエントが自分自身のことを打ち明けようという気に最もなりやすいのは 」という部分については、行動分析学の立場から分析してみると面白そうな気がします。
ここでは詳しく分析しませんが、おそらく「自分自身のことを打ち明けるという行動」を強化していくということになると思います。
それは、クライエントが自分自身のことを話したときに、ヘルパーがいい反応を返すということと言えるかもしれません。ここで、弁証法的行動療法(DBT)の承認が役に立つと思われます。
探求段階の4つの目標のうち、この目標が最初に来ているのは、おそらくこの目標が最も基本的なもので、最も重要なものだからでしょう。残りの3つの目標を達成するためにも、ラポール・治療関係が重要になると思います。
思考を最大限に利用し、クライエントに自分の物語を話すように援助すること
ヘルピングに限らず、トークセラピーと言われるものについては、クライエントが話してくれることがとても重要になります。その重要性について、『ヘルピング・スキル第2版』には、次のように書かれています。
人は考えていることを実感することによって、矛盾と論理的に間違った考えを聞くよい機会を得る。自分の思考について話すことにより、特に、他者に聞かれていると知っているときには、話した内容を本当に信じているかどうか考える機会が得られる。(p.81)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
確かに、1人で考えているときと、他人に話しているときでは、同じ考えであってもその展開の仕方が変わってきます。1人だとグルグル回ってしまっていた考えが、誰かに話すことで整理されるという経験は誰もが持っていると思います。
それは、聞き手の反応によって思考が影響を受けるため、堂々巡りな考えにならずに、グルグルから抜け出せる可能性が出てくるということなのだと思います。
行動分析学的に言えば、言語行動に対する結果が変化することによって、言語行動が変化するというような感じかもしれません。
クライエントがヘルパーに話すということで、クライエントは自分の考えを整理し、その考えを検討することができます。それがこの目標ということなのでしょう。
情動を最大限に利用すること
情動というのは心理学にとって重要なものの1つであり、心理療法やカウンセリングにおいても重要なものです。それはヘルピング・プロセスにおいても同じことです。
『ヘルピング・スキル第2版』には、次のように書かれています。
ときとして、クライエントが話す内容はその話題についての感情(フィーリング)ほどには重要ではない。特に、内容と感情(フィーリング)との間に相違がある場合はそうである。(p.82)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
このように説明されるほど、ヘルピング・プロセスでは情動が重要なものであるとされています。
これは、クライエントが話す内容が重要ではないのではなく、感情と比較したときに、内容より感情の方が重要であるという意味です。
さらに、『ヘルピング・スキル第2版』には次のようにも書かれています。
強い情動的喚起(例:激怒、絶望)をもつと、感情(フィーリング)に最もよく気づき、変化を受け入れやすい。情動的喚起は、変化が生じるための土台を作るという点で重要であるので、ヘルパーはクライエントに自分の情動に気づくようになることと体験することを援助する必要がある。(p.82)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
情動を最大限に利用することという目標は、単に探求段階の目標の目標というだけでなく、次の段階に繋がっていく目標ということです。
クライエントが自分の情動に気づくことができなければ、変化の土台を十分に作れないことになります。
ヘルピング・プロセスは、探求段階の後に、洞察段階、行動(アクション)段階と続いていきます。最後は行動(アクション)、つまり変化を必要とする段階なので、変化を起こす行動を導く上でも情動が重要な役割を果たすということなのでしょう。
クライエントについて学ぶこと
4つ目の目標は、クライエントについて学ぶことです。これが明確に目標とされているのは興味深いと思います。
何かを理解しようとしたときに以前の経験を参照して、すぐに結論を出したくなってしまうことがあります。そうすると、目の前のクライエントではなく、頭の中のクライエントを相手にすることになってしまいます。
目の前にいるクライエントからしっかりと学ぶためにも、「クライエントについて学ぶこと」という目標を意識する必要があります。
『ヘルピング・スキル第2版』では、それについて次のように書いています。
クライエントが最初のセッションに来たとき、ヘルパーにはこの人物をどうやって援助するかを知る用法がまったくない。たとえ(おそらく、特に)、ヘルパーが類似した問題を抱えていたとしても、そのクライエントや彼らの問題について何でも知っていると思いこんではならない。(p.82)
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』
たまに、心理職でもクライエントのことを全部わかっているように言う人がいますが、それは違うということです。おそらく、これは探求段階だけで必要なことではなく、最後まで必要な目標だと思います。
結局のところ、人は他人を完璧に理解することはできません。だから、「わからない」ことを前提として、「わかろうとする」ことが重要なのでしょう。
まとめ
ヘルピングスキルの探求段階には4つの目標があります。
- ラポールの構築と治療関係の発展
- 思考を最大限に利用し、クライエントに自分の物語を話すように援助すること
- 情動を最大限に利用すること
- クライエントについて学ぶこと
それぞれを見てきましたが、どれも目新しいことではなく、ずっと言われてきていることだと思うかもしれません。
当たり前のように言われていることだからこそ、常に意識する必要があるとも言えます。
ヘルピングスキルのいいところは、このような当たり前のことを「目標」と位置づけ、それを実現するために「スキル」を身につけていくというところです。スキルなので、練習すればうまくなります。
最初にも書いた通り、認知療法は基礎的なスキルが身についているという前提となっています。この部分をしっかりと身につけていれば、認知療法のスキルを学び、そのスキルを発揮するときに役に立つでしょう。
『ヘルピング・スキル第2版-探求・洞察・行動のためのこころの援助法』