感情喚起の機序-抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)と中枢起源説(キャノン=バード説)

感情はどのように生じるのでしょうか?

感情喚起の機序に関する有名な説は、抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)中枢起源説(キャノン=バード説)です。

今回は、感情の定義、抹消起源説と中枢起源説の説明と覚え方を説明します。

それでは、感情の定義、感情喚起の機序を見ていきましょう。

感情の定義

心理学で感情はどのように定義されているのでしょうか?

この問いに対する答えは簡単なものではないようです。それは研究者によって定義が異なっているからです。それについて、『公認心理師必携テキスト』では次のように書かれています。

研究者によってさまざまに定義がなされている。一例を挙げると、オートニーOrtony, A.らは、「感情とは、人が心的過程のなかで行うさまざまな情報処理のうちで、人、物、出来事、環境について行う評価的な反応である」と定義している。(p.175)

『公認心理師必携テキスト』

感情は研究者によってさまざまに定義されています。さらに、感情に似た言葉として、情動、気分もあり、投げ出したくなってしまうこともあるかもしれません。

『公認心理師現任者講習会テキスト2018年版』では、感情について次のように書かれています。

日本語で「感情」と言った場合に、そこには、英語圏で言うところの”emotion”(情動)のみならず、”feeling”(主観的情感)や”mood”(気分)あるいは感情表現全般を指し示す”affect”などの意味が広く含まれる。(中略)中心的な現象である”emotion”(情動)に焦点化して言えば、その大まかな定義は「個人の事象や刺激に対する一過性の、大概は快か不快かを伴う評価的反応であり、独特の主観的情感、生理的変化、顔の表情を含む表出パターンなど、複数の構成要素からなる。」ということになろう。(p.249)

『公認心理師現任者講習会テキスト2018年版』

感情という当たり前のように思えるものは、突っ込んでい考えていくと難しいものだというのがわかると思います。ただでさえ難しいのに、英語と日本語の問題も関係してきていて、問題が複雑化しているかもしれません。

感情と類似した言葉である「情動」、「気分」とは一体何なのでしょうか?

日常的な使い方であればそんなに厳密である必要はありませんが、心理学という学問の中では厳密である必要があります。

情動、気分、感情について、『公認心理師必携テキスト』(p.175)に書かれているものを引用します。

  • 情動:明らかな原因があり、典型的には短時間(数秒間から数分間)持続し、生理的反応や特定の表出行動を生じるような強力な感情
  • 気分:明らかな原因のない漠然とした感情状態であり、長時間(数時間から数日)持続し、生理的反応などを強く生じることなく主観的経験の側面が主として体験され、快-不快や、興奮水準(覚醒)の次元で変化するもの
  • 感情:情動と気分を総称する場合に用いられる

『公認心理師必携テキスト』

情動には原因があり、短時間、生理的反応や表出行動が生じるという特徴があります。

気分は、漠然とした感情状態で、長時間、主観的な側面が主に体験される、快-不快や興奮水準の次元で変化するという特徴があります。

感情は、情動と気分の総称となっています。

精神疾患の診断基準であるICD-10の気分(感情)障害はMood(affective) disorderとなっています。

DSM-5には気分障害というカテゴリーはありませんが、DSM-IV-TRの気分障害はMood Disordersとなっています。

情動(emotion)、気分(mood)、感情(affect)の定義を覚えていることは試験対策としても、実務の上でも重要なことだと思います。

このような感情がどのように生じるのか、というのも心理学的には重要な問題です。次はそれを見ていきましょう。

感情喚起の機序

感情喚起の機序については、抹消起源説と中枢起源説が有名です。

抹消起源説と中枢起源説には別名もありますが、どっちがどっちかわからなくなってしまう人も少なくないと思います。

抹消起源説の別名は、ジェームズ=ランゲ説です。ジェームズさん(James, W.)とランゲさん(Lange, C.)による理論です。

中枢起源説の別名は、キャノン=バード説です。こちらも人の名前で、キャノンさん(Cannon, W.)とバードさん(Bard, P.)による理論です。

他にも『公認心理師必携テキスト』には、「感情の2要因説」、「顔面(表情)フィードバック仮説」、「感情の認知説」、「認知的評価と感情は独立している」、「感情の社会構成主義説」、「感情の精神力動理論」が挙げられています。

「認知的評価と感情は独立している」については、単純接触効果で有名なザイアンス(Zajonc, R.)が関係していて、ラザルス―ザイアンス論争を引き起こしました。

今回は、抹消起源説と中枢起源説を取り上げます。

抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)

抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)は、「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」という言葉が有名です。ジェームズが言ったことのようです。

抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)は、『公認心理師必携テキスト』では次のように説明されています。

刺激・状況によって喚起された身体反応が、感情体験を引き起こすとする。ジェームズは、「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」と説明している。脳内では、対象を感覚皮質によって知覚すると、運動皮質にその情報が伝わり身体反応が生じる過程が想定されている。そのような身体の変化を体験することが感情体験である、ということになる。(p.176)

『公認心理師必携テキスト』

身体反応が先行して、それによって感情反応が生じると理解していましたが、この説明だとちょっと違うような気がします。

最後の「そのような身体の変化を体験することが感情体験である」という説明からすると、身体反応によって感情反応が生じるのではなく、身体反応自体が感情反応であるという感じなの
でしょうか。

有斐閣の『心理学辞典』には次のように書かれています。

ジェームズは「何かを見て、身体が震えるから恐怖を感じる」という過程を考え、環境に対する身体的な反応こそが情動体験を引き起こす原因と主張した。(p.307)

『心理学辞典』有斐閣

この説明からすると、身体反応自体が感情反応というわけではなさそうです。

抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)は「身体反応→感情反応」という順番を想定しているものと言えるでしょう。

中枢起源説(キャノン=バード説)

中枢起源説(キャノン=バード説)は、抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)の逆を想定したものです。つまり、「感情反応→身体反応」です。

中枢起源説(キャノン=バード説)については、『公認心理師必携テキスト』に次のように書かれています。

脳中枢で生じるプロセスが抹消反応に先行するとする。ジェームズ=ランゲ説に対して、「悲しいから泣く」と説明される。脳内では、外界からの刺激はまず視床に送られる。視床は大脳の感覚皮質に情報を送る一方、視床下部にも情報を送る。大脳に送られた情報・刺激パターンによって感情体験の内容・種類が決定され、視床下部に送られた情報によって身体反応が生じることになる。(p.176-177)

『公認心理師必携テキスト』

脳中枢で感情反応が生じ、それによって身体反応が生じるというのが中枢起源説(キャノン=バード説)です。

中枢起源説では脳内でのメカニズムについても説明されているところにも特徴があります。中枢神経系が感情の起源となっているため、そこを説明しなければ説得力がなくなってしまいます。

中枢起源説(キャノン=バード説)は「感情反応→身体反応」という順番を想定したものです。

抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)と中枢起源説(キャノン=バード説)の覚え方

抹消起源説と中枢起源説の別名を覚えるためには、どちらか一方だけを覚えれば十分です。片方がわかれば、もう片方もわかるからです。

どちらかを覚えるとしたら、中枢起源説(キャノン-バード説)をオススメします。

中枢起源説(キャノン=バード説)のキャノンは危急反応のキャノンです。危急反応と関連づけると覚えやすくなります。

危急反応は、有斐閣の『心理学辞典』で次のように説明されています。

環境の急変によって恐れや怒り等の情緒的反応が引き起こされる時に生じる生理学的反応(p.158)

『心理学辞典』有斐閣

危急反応は「情緒的反応が引き起こされる時に生じる生理学的反応」であって、「生理学的反応が引き起こされる時に生じる情緒的反応」ではありません。

これは、「情緒的反応→生理的反応」ということなので、中枢起源説(キャノン=バード説)の「感情反応→身体反応」と一致します。

危急反応のキャノンは感情の期限でも同じルートを想定したと覚えることで、中枢起源説がキャノン=バード説であることを簡単に導き出すことができます。

まとめ

  • 抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)は「身体反応→感情反応」
  • 中枢起源説(キャノン=バード説)は「感情反応→身体反応」
  • 中枢起源説のキャノンは危急反応も提唱
  • 中枢起源説と危急反応は「感情反応→身体反応」を想定

感情の生物学的・神経生理学的なことは「感情の生物学的基礎と神経生理学的機序」に書いてあります。