感情反応の基盤には、生物学的、神経生理学的なものが存在しています。「感情の生物学的基礎」と「感情の神経生理学的機序」です。
今回は感情の生物学的基礎と神経生理学的機序関連するものとして、次のことを説明します。
- HPA axis、視床下部
- 扁桃体と側坐核
- 島皮質、前頭前野腹内側部
- 低次回路、高次回路
それでは、感情の生物学的基礎、神経生理学的機序を見ていきましょう。
HPA axis(HPA軸、HPA系)
HPA axisはHPA軸、HPA系とも呼ばれ、闘争-逃走反応(fight-or-flight response)と関係しています。闘争-逃走反応はFFと言われることもあります。
最近ではフリーズ(freeze)を入れてFFFと言われることもあります。
※PTSDの研究でフリーズ反応をしている人の脳活動は衝撃的でした。
闘争-逃走反応について、『公認心理師必携テキスト』(p.180)の説明を見てみましょう。
ストレス刺激が加わると、
- 視床下部からコルチコトロピン放出ホルモンが分泌され、下垂体前葉に届く。
- 下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモンが分泌され、副腎に届く。
- 副腎皮質から、コルチコステロン、コルチゾールなどのホルモンが分泌され、身体状態の変化と行動反応が引き起こされる。
『公認心理師必携テキスト』
※『公認心理師必携テキスト』では、1、2、3は”→”になっています。
この説明に出てくる、視床下部、下垂体、副腎皮質の頭文字を取ると、HPAになります。
- Hは視床下部;hypothalamus
- Pは下垂体;pituitary gland
- Aは副腎皮質;adrenal cortex
脳神経系が苦手な場合は、このまま丸暗記した方がいいと思います。しっかりと理解したい場合は、脳の機能やホルモンの機能などを理解するといいでしょう。
扁桃体と側坐核
感情と言えば扁桃体というイメージがありますが、扁桃体は恐怖に関係した脳領域です。
『精神疾患の脳科学講義』には次のように書かれています。
恐怖記憶には扁桃体(側頭皮質前方の内側に存在する)という脳の領域が重要な役割を果たすことがわかっている。扁桃体は経験の情動的な意味に関する記憶を司るとされ、恐怖記憶の形成、想起、恐怖反応の表出、恐怖表情の認識において重要である。(p.160)
『精神疾患の脳科学講義』
扁桃体は単に恐怖と関係しているのではなく、恐怖記憶と関係しています。PTSDとの関係も指摘されていることからも、扁桃体と恐怖が関係していることは想像できます。
感情には恐怖などの不快感情の他に、快感情も存在しています。快感情と関係しているのは側坐核です。
『精神疾患の脳科学講義』には次のように説明されています。
強化刺激を与えると、ヒトの側坐核が活動し、ドーパミンが放出されることが報告されている。(p.86)
『精神疾患の脳科学講義』
ここでの強化は、行動分析学における強化を意味しています。強化刺激を「正の強化子」と読み替えるとわかりやすいかもしれません。
感情と言えば扁桃体というのは完全な間違いではなく、扁桃体は感情に関してとても重要な役割を担っています。
側坐核よりも扁桃体の方が知られているのは、臨床心理学において興味の対象となるものだからかもしれません。PTSDとの関係を考えれば、テキスト等に扁桃体が多く登場することも理解できます。
その扁桃体が損傷するとどうなるのでしょうか?
『公認心理師必携テキスト』には、次のように書かれています。
扁桃体の損傷によって、恐怖感情の認知、恐怖感情の表出が失われる〔クリューバー・ビューシー症候群の一症状〕などの症状が出現することが知られている。扁桃体は、刺激についての感覚処理の結果を受けてすばやく評価をくだし、ほかの多くの反応喚起に関わる脳部位を活動させるという役割を担っている。(p.180)
『公認心理師必携テキスト』
扁桃体は恐怖と関係しているため、扁桃体の損傷によって恐怖に関するところが障害されます。その1つとして、クリューバー・ビューシー症候群の一症状である、恐怖反応の認知、恐怖感情の表出の喪失があります。
クリューバー・ビューシー症候群と一緒に、扁桃体損傷の症状を覚えておくといいでしょう。
島皮質、前頭前野腹内側部
『公認心理師必携テキスト』で島皮質と前頭前野腹内側部の記述があるのが、ダマシオ(Damasio, A.)のソマティック・マーカー仮説(somatic marker hypothesis)のところです。
そこに書かれている説明は、次のようなものです。
前頭前野腹内側部は過去の経験や文脈に基づいて扁桃体の活動を調整し、これらの脳領域が身体反応を作り出すとされる。また、身体全体の状態の把握にかかわる脳領域として、体性感覚皮質、島皮質(insula)があり、ダマシオによればこれらの脳領域がかかわって生じる身体的反応全体が情動とされる。(p.185)
『公認心理師必携テキスト』
前頭前野腹内側部が扁桃体の活動に影響を与えて、その扁桃体が他の脳部位を活動させることによって、身体反応が作り出されるということなのでしょう。このとき、前頭前野腹内側部は過去の経験や文脈から影響を受けます。
さらに、身体の状態の把握には体性感覚皮質と島皮質が関係しています。
これら全体の反応(脳と身体の両方)が情動というのがソマティック・マーカー仮説となっています。
低次回路、高次回路
低次回路と高次回路はルドゥー(LeDoux, J.)によるものです。早い回路と遅い回路と表現されることもあるようです。
これについても、『公認心理師必携テキスト』に書かれています。
ルドゥー LeDoux, J.は視床から扁桃体への直接経路を低次回路、視床から感覚皮質を経て扁桃体に向かう経路を高次回路とした。(p.180-181)
『公認心理師必携テキスト』
これだけでは低次回路と高次回路がそれぞれ何なのかわかりにくいと思います。
ルドゥーの『エモーショナル・ブレイン-情動の脳科学』には、高次回路は前頭前野が働くが、低次回路は扁桃体の影響が大きいということが書かれているそうです。
これについては確認した上で追記します。
ネットでルドゥーについて調べたところ、科学辞典の「感情の認知」の中にルドゥーの感情二経路説がありました。そこの部分を引用します。
ルドゥーは感情処理の経路が、粗いが処理の速い経路と、処理は遅いが詳細な情報処理を行う経路があることを見出した。処理は遅いが詳細な情報処理を行う経路は、視床から大脳皮質を経由して扁桃体へ入るが、処理は速いが情報処理が粗い経路では、大脳皮質を経由しないで直接扁桃体へと入る。
https://kagaku-jiten.com/cognitive-psychology/higher-cognitive/recognition-of-emotion.html
感覚皮質も前頭前野も大脳皮質なので、大脳皮質のいろいろなところを経由して情報処理をするルートが高次回路ということなのかもしれません。
まとめ
- HPA axis:HPAは視床下部・下垂体・副腎皮質に頭文字で、闘争-逃走反応に関係。ストレス刺激に対する反応。
- 扁桃体:恐怖記憶と関係。損傷すると恐怖感情の認知、恐怖感情の表出が失われる。
- 側坐核:強化刺激(正の強化子)で活動し、ドーパミンが放出される。
- 島皮質、前頭前野腹内側部:ソマティック・マーカー仮説と関連。
- 低次回路、高次回路:前頭前野が働く高次回路、扁桃体の影響が大きい低次回路。
感情の抹消起源説と中枢起源説は「感情喚起の機序-抹消起源説(ジェームズ=ランゲ説)と中枢起源説(キャノン=バード説)」に書いてあります。