失行にはどのような種類があり、責任病巣(関係する脳の領域・損傷)があるのでしょうか?
今回解説するのは9種類の失行と、失行症の評価です。
- 構成失行
- 着衣失行
- 他人の手徴候
- 道具の強迫的使用
- 模倣行為
- 拮抗失行
- 肢節運動失行
- 観念運動失行
- 観念失行
では、失行について見ていきましょう。
失行とは何か?
失行とはどのようなものなのでしょうか?
漢字を見ると、何かができなくなるのだろうと想像することができます。
『公認心理師必携テキスト』を見てみましょう。
物を使用したり、身ぶり手ぶりで何かを表現することの障害を「失行症」と呼ぶ。(p.222)
『公認心理師必携テキスト』
物の使用、身ぶり手ぶりでの表現が障害されることが失行症と説明されています。
『公認心理師必携 精神医療・臨床心理の知識と技法』でも確認してみることにします。
失行は、運動障害(麻痺、失調、不随意運動など)が存在せず、行うべき行為や動作を十分に知っていながら、その行為を遂行できない状態である。(p.44)
『公認心理師必携 精神医療・臨床心理の知識と技法』
こちらの説明の方がわかりやすいと思います。
何かができなくなるのが失行ですが、麻痺などの運動障害は除外されます。
さらに、「行うべき行為や動作を十分に知っていながら」とあるので、その行為自体が身についていなかったりする場合も除外されます。
『公認心理師必携テキスト』に書かれている失行は、構成失行、着衣失行、他人の手徴候、道具の強迫的使用、模倣行為、拮抗失行の6つです。
一方、精神医療・臨床心理の知識と技法には、肢節運動失行、観念運動失行、観念失行、着衣失行、構成失行の5つが書かれています。
『公認心理師基礎用語集-よくわかる国試対策キーワード117』には、肢節運動失行、観念運動性失行、観念性失行、拮抗失行、道具の強迫的使用現象があります。
※引用については、『公認心理師必携テキスト』をA、『公認心理師必携 精神医療・臨床心理の知識と技法』をB、『公認心理師基礎用語集 よくわかる国試対策キーワード117』をCとして、ページを示す場合は、『公認心理師必携テキスト』であれば「Ap.10」のようにします。
構成失行
構成失行は、構成することに関する失行です。
構成失行とは、「絵を描いたり物体を組み立てたりすることの障害」(Ap.222)で、「部分を空間的に配置してまとまりのある形態を形成する能力が障害され、図形の模写やブロックを用いた模様の再現などができない」(Bp.44)ものです。「頭頂葉の損傷」(Bp.44)で見られます。
『公認心理師基礎用語集』の「脳の機能と機能局在」(Cp.61)によると、頭頂葉は視空間認知機能とのことなので、そのが損傷されることで構成失行が生じるのは納得できると思います。
- 絵を描く、物体を組み立てることの障害
- 部分を空間的に配置してまとまりのある形態を形成する能力の障害
- 模様の再現などができない
- 頭頂葉の損傷
着衣失行
着衣失行も名前からどのようなものかは想像できます。
着衣失行とは、「衣服を着ることの障害」(Ap.222)で、「衣服の上下、裏表、左右などと自己身体との空間的関係が把握できなくなる」(Bp.44)ものです。責任病巣は「右頭頂葉」(B.44)です。
こちらも視空間認知機能を司る頭頂葉の損傷ですね。しかも右頭頂葉です。
- 衣服を着ることの障害
- 衣服と自己身体との空間的関係が把握できない
- 右頭頂葉
他人の手徴候
失行には何かができなくなるものだけでなく、「「したくないのにしてしまう」症状」(Ap.222)もあります。
他人の手徴候とは、「意図していないのに身体の一部が勝手に動いてしまう」(Ap.222)ものです。
脳のどの部位が障害されることで生じるかについては、何も書かれていないので不明です。
- 意図せず身体の一部が動く
- 責任病巣は記載なし
道具の強迫的使用
道具の強迫的使用も他人の手徴候と同じタイプのものです。『公認心理師基礎用語集』には道具の強迫的使用現象と書かれています。
道具の強迫的使用とは、「目の前にある道具を使用してしまう」(Ap.222)ものです。「対側の補足運動野・前部帯状回、および脳梁損傷」(Cp.63)によって生じます。
道具く強迫的使用に関わる脳領域は、補足運動野、前部帯状回、脳梁です。
補足運動野は、有斐閣の『心理学辞典』には次のように書かれています。
この領域を電気刺激すると、体部位局在を示す運動が引き起こされる。(中略)この部位を破壊すると、運動マヒは起こらず、強制把握や痙縮が認められる。運動野の補足的役割を行う領域。(p.799)
『心理学辞典』有斐閣
補足運動野はその名の通り、運動野の補足的役割を行っている脳領域です。運動に関する領域であるため、その損傷によって運動に影響が出ることは理解できます。
補足運動野を破壊することで運動麻痺にはならず、強制把握などの意図しない運動が生じます。
前部帯状回については、有斐閣の『心理学辞典』に次のように書かれています。
前部帯状回はブロードマン(Brodmann, K.)の細胞構築学的分類野の24野が、後部帯状回には23野・29野・30野・31野および帯状回峡と海馬台の一部が含まれる。帯状回はパペッツの情動回路の構成要素で、機能的に情動や自律機能に関係するが、さらに記憶や注意、探索行動にも関係する。(p.547)
『心理学辞典』有斐閣
帯状回はパペッツの情動回路の一部で、情動、自律機能、記憶、注意、探索行動に関係しています。
その帯状回は前部と後部に分かれていますが、それぞれの機能の違いは見つけられませんでした。
脳梁は有斐閣の『心理学辞典』に次のように書かれています。
左右の大脳皮質の間を連絡する交連繊維の集合で、脳の正中矢状断で帯状回の下に位置し、前後に長い鎌状を呈している。(p.677)
『心理学辞典』有斐閣
脳梁は左右の脳半球を繋ぐ部位です。
道具の強迫的使用の症状と責任病巣との関係を、上記の引用から理解するのは難しいので、そのまま覚えるといいかもしれません。
- 目の前にある道具を使用してしまう
- 対側の補足運動野、前部帯状回、脳梁損傷
模倣行為
模倣行為は『公認心理師必携テキスト』だけに載っています。情報としては少なめです。
模倣行為とは、「近くの人の動作をまねしてしまう」(Ap.222)ものです。
これも他人の手徴候と道具の強迫的使用と同じタイプなので、勝手に真似してしまうということなのでしょう。
責任病巣については見つけられませんでした。
- 動作を真似てしまう
- 責任病巣の記載なし
拮抗失行
拮抗失行はその名前から想像することが難しいと思います。
拮抗失行とは、「右手でボタンをとめるとすぐに左手でそれをはずしてしまうなどのように動作が拮抗する」(Ap.222)するもので、「脳梁損傷」(Cp.63)で生じます。
動作が拮抗するため、「拮抗失行」ということなのでしょう。
脳梁は道具の強迫的使用で説明した通り、左右の脳半球を繋ぐ部位です。脳梁損傷によって左右の脳半球の連絡ができなくなり、動作が拮抗してしまうのかもしれません。
- 動作が拮抗する
- 脳梁損傷
肢節運動失行
肢節は四肢とその関節という意味で、手足に関する失行と想像できます。
肢節運動失行とは、「熟練しているはずの動作が拙劣化している状態」(Bp.44)のことです。
理学療法科学に掲載されている「運動の高次神経機能障害の評価」(網本和, 1997;PDFファイル)では、肢節運動失行は次のように説明されています。
運動麻痺、筋緊張異常、知覚障害などが見られないにもかかわらず、ボタンをかける、ズボンのポケットに手を入れるなどの習熟された巧緻運動が拙劣化し、その遂行に時間がかかる。
網本和 1997 運動の告示神経機能障害の評価 理学療法科学
この説明の方がイメージしやすいと思います。
運動麻痺、筋緊張異常、知覚障害などがなく、習熟された巧緻運動が拙劣化するのが肢節運動失行です。
肢節運動失行の責任病巣は、『精神医療・臨床心理の知識と技法』には「中心前回と中心後回」(Bp.44)とあり、『公認心理師基礎用語集』には「中心領域損傷」(Cp.63)と書かれています。
中心前回と中心後回は、必携テキストによると「中心溝の前部は中心前回、後部は中心後回と呼ばれ、それぞれ運動野と体性感覚野を含んでいる」(Ap.216)と説明されています。
運動野は運動に関するところで、体性感覚野は感覚に関するところです。それらが損傷することで、運動に影響が出ることは想像できます。
- 運動麻痺、筋緊張異常、知覚障害などがなく、習熟した巧緻運動が拙劣化
- 責任病床は中心前回と中心後回(『精神医療・臨床心理の知識と技法』
- 中心領域損傷(『公認心理師基礎用語集』)
観念運動失行
観念運動失行は、観念失行と紛らわしいのでしっかりと覚える必要があります。『公認心理師基礎用語集』には観念運動性失行と書かれています。
観念運動失行とは、「口頭で指示された社会的慣習の高い動作を意図的に行うことが困難になる状態」(Bp.44)で、「動作を模倣することも難しくなる」(Bp.44)ものです。「日常生活では自然に行えることがある」(Bp.44)というのが興味深いところです。
責任病巣は、『精神医療・臨床心理の知識と技法』には「左頭頂葉」(Bp.44)とあり、『公認心理師基礎用語集』には「頭頂葉損傷」と書かれています。「リハビリ(理学療法・作業療法)の素材集」では、左頭頂葉となっています。
日常生活では自然に行えることがあることから考えると、動作自体が障害されているというより、口頭で指示された動作を意図的に行うことと動作模倣が障害されているということなのかもしれません。
そのため、視空間認知機能を司る頭頂葉の損傷で生じると考えることができます。
ただし、この理解が正しいかはわかりません。
- 口頭で指示された動作を意図的に行うことが困難
- 動作模倣が困難
- 日常生活では行えることがある
- 責任病巣は左頭頂葉(『精神医療・臨床心理の知識と技法』)
- 頭頂葉損傷(『公認心理師基礎用語集』)
観念失行
観念失行は観念運動失行とは別物のため、注意が必要です。『公認心理師基礎用語集』には観念性失行と書かれています。
観念失行とは、「物品の使用障害」(Bp.44)のことです。『公認心理師現任者講習会テキスト2018年版』には「段取りができない」(p.145)とも書かれています。
責任病巣は、『精神医療・臨床心理の知識と技法』には「左頭頂葉」(Bp.44)、『公認心理師基礎用語集』には「頭頂後頭葉移行部損傷」(Cp.63)と書かれています。
物品の使用障害と頭頂葉損傷の関係性がよくわからないため、そのまま覚えた方がいいかもしれません。
- 物品の使用障害
- 段取りができない
- 責任病床は左頭頂葉(『精神医療・臨床心理の知識と技法』)
- 頭頂後頭葉移行部損傷(『公認心理師基礎用語集』)
失行症の評価
上記のような失行症をどのように評価すればいいのでしょうか?
『公認心理師必携テキスト』には、失行症の評価についても書かれています。
失行症の評価には標準高次動作性検査が用いられる。標準高次動作性検査は12の大項目(項目省略)からなる。(p.222-223)
『公認心理師必携テキスト』
標準高次動作性検査はいろいろ調べられる検査となっています。
『公認心理師必携テキスト』には、他にも、ベントン視覚記銘検査、Rey-Osterrieth Compex Figure Test(ROCFT)、ベンダーゲシュタルトテスト、コース立体組み合わせテストが、失行症の評価として挙げられています。
まとめ
構成失行
- 絵を描く、物体を組み立てることの障害
- 部分を空間的に配置してまとまりのある形態を形成する能力の障害
- 模様の再現などができない
- 頭頂葉の損傷
着衣失行
- 衣服を着ることの障害
- 衣服と自己身体との空間的関係が把握できない
- 右頭頂葉
他人の手徴候
- 意図せず身体の一部が動く
- 責任病巣は記載なし
道具の強迫的使用
- 目の前にある道具を使用してしまう
- 対側の補足運動野、前部帯状回、脳梁損傷
模倣行為
- 動作を真似てしまう
- 責任病巣の記載なし
拮抗失行
- 動作が拮抗する
- 脳梁損傷
肢節運動失行
- 運動麻痺、筋緊張異常、知覚障害などがなく、習熟した巧緻運動が拙劣化
- 責任病床は中心前回と中心後回(『精神医療・臨床心理の知識と技法』
- 中心領域損傷(『公認心理師基礎用語集』)
観念運動失行
- 口頭で指示された動作を意図的に行うことが困難
- 動作模倣が困難
- 日常生活では行えることがある
- 責任病巣は左頭頂葉(『精神医療・臨床心理の知識と技法』)
- 頭頂葉損傷(『公認心理師基礎用語集』)
観念失行
- 物品の使用障害
- 段取りができない
- 責任病床は左頭頂葉(『精神医療・臨床心理の知識と技法』)
- 頭頂後頭葉移行部損傷(『公認心理師基礎用語集』)
失行症の評価
- 標準高次動作性検査
- ベントン視覚記銘検査
- Rey-Osterrieth Compex Figure Test(ROCFT)
- ベンダーゲシュタルトテスト
- コース立体組み合わせテスト